書評

【読書感想】「ミッション・エコノミー(著:マリアナ・マッツカート)」政府のパワーを取り戻せ

岸田政権が掲げる「新しい資本主義」。いろいろと批判の声が多いように感じますが、「新しい資本主義」とは一体何なのでしょうか。

経済産業省が検討を進めている「経済産業政策の新機軸」では、「新しい資本主義」の代表的な研究者の一人としてマリアナ・マッツカート氏が紹介されています。

第1回 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 事務局資料より

そこで、今回は「新しい資本主義」の理論的根拠であるこの本を紹介します。

著者は、ユニバーシティロンドンカレッジの教授で経営学者のマリアナ・マッツカート氏です。このかたは、EU、イタリア、スコットランド、南アフリカの経済アドバイザーも務め、2020年WIEWD誌「資本主義の未来を築くリーダー25人」にも選ばれるなど、世界的に注目を集めている学者です。

この本を一言でまとめるとこんな感じです。

一言で要約

市場重視の新自由主義から政府主導の「新しい資本主義」に転換し、第2のムーンショットを実現しよう!

おすすめの読者はこんな方です。

おすすめ読者

岸田政権が掲げている新しい資本主義の目指す姿がどんなものか知りたい人

なぜ新しい資本主義が必要なのか?

この本では、今の資本主義が機能不全を起こしており、環境破壊対策もコロナ対策も上手くいっていないと批判しています。

その原因は、主に以下の4つにあるとしています。

  1. 内輪でお金を回し合う金融業界
  2. 「株主価値の最大化」に奔走する民間企業
  3. 気候変動危機
  4. 「対処」するだけの行政

①は、金融業界の資金が生産的な経済活動に回されておらず、不動産や保険など金融消費に回されていると指摘しています。

②は、企業が株価を意識しすぎていて、自社株買いなどに資金が使われ、長期的な成長を促す研究開発や設備投資が行われていないと指摘しています。

そして、この本が最も問題だとしているのは④で、新自由主義の影響で「政府は改善や独創性とは無縁で、のろく堅苦しいもの」だと考えられ、市場の失敗に対処するだけになってしまったと指摘しています。

しかし、大規模な社会変革を行えるのは、政府だけであり、今の政府のあり方を変えることが重要だと主張しています。

新しい資本主義とは?

では、新自由主義的な資本主義が行き詰っているとして、どのような資本主義がこれから必要になってくるのでしょうか?

この本では、「新しい資本主義」が必要だと主張しています。

新しい資本主義は、「政府が解決すべき重要な社会課題(ミッション)を掲げ、最初の投資家としてリスクをとることで、イノベーションを誘発していく経済」だとしています。

市場を重視し、政府はそのサポーターというこれまでの考え方から転換し、政府が主導権を握って社会を変えていこうということです。

その事例として挙げられているのが、アメリカの「アポロ計画」です。

アポロ計画は、1960年代に当時のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディが進めた、「10年以内に月面に人間を着陸させよう」という計画です。

アポロ計画は、「政府が明確で大胆な目標を掲げリスクをとることで人類初の月面着陸(ムーンショット)を成功させ、さらに、スマホカメラや通信ソフトなど今の生活を豊かにするイノベーションを生んだ」としています。

このような手法がいま求められていると主張しています。

おわりに

経済産業省が検討している「経済産業政策の新機軸」では、この本の考え方に従って、政府がリスクをとり大規模かつ長期的な投資を行っていく方針が示されています。

第1回 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 事務局資料より

半導体工場の誘致のためにTSMC新工場への数千億円規模の巨額な補助金の交付が決まりましたが、こうした特定企業に対する巨額の補助金により政府が「勝ち組」を作っていく政策が今後増えていくのでしょうか。